2016年1月15日 (土)今週のホトバ
喜捨
「ハディース ターミズィ」より
アイシャ(彼女に平安あれ)によると、羊を屠殺して貧しい人たちや皆にあげたときに、アッラーの使徒(彼に平安あれ)が訊きました。
「何か残っていますか?」
「肩の部分のほかに何も残っていない」と彼女が返事した。
それを聞いたら「肩の部分以外は全てが残っています」とアッラーの使徒(彼に平安あれ)は仰ったそうです。
あなたがたの持つものは凡て消滅する。だがアッラーの御許のものは残る。われは耐え忍ぶ者に対し,かれらが行った最も優れた行為によって,報奨を与える。[Surah Nahl,16: 96]
それに、サヒーヒ・ムスリム 第35章 ハディース6518より、
アブ・フライラー(彼に平安あれ)によると、
「この世で困難から信仰者を助ける人は、審判の日にアッラーの助けがもらえる。この世で困っている人のことを楽にさせる人は、アッラーがこの世と来世で自分のことを楽にしてくれる。同胞の不善を秘める人は、アッラーがこの世と来世で自分の不善を秘めてくれる。同胞を助けてあげる限り、アッラーは自分のことを助けてくれる。」とアッラーの使徒(彼に平安あれ)は仰ったそうです。
喜捨に関する聖クルアーンの節:
・死があなたがたを理う前に,われが与えたものから施しなさい。かれは,「主よ,何故あなたは暫くの間の猶予を与えられないのですか。そうすればわたしは喜捨〔サダカ〕をして,善い行いの者になりますのに。」と言う。[Surah Al-Munafiqun,63:10]
・また主の御顔を求めて耐え忍び,礼拝の務めを守り,われが糧のために与えたものの中から,陰に陽に施し,また善によって悪を退けるような者は,(善)果の住まいを得る。[Surah Ar-Ra'd, 13:22]
・あなたがた信仰する者よ,われがあなたがたに授けた糧を取引もなく友情もなく,執り成しもない日の来る前に(施しに)使え。信仰を拒む者は,不義を行う者である。[Surah Al-Baqarah 2:254]
・アッラーの道のために自分の所有するものを施す者を例えてみれば,ちょうど1粒が7穂を付け,1穂に百粒を付けるのと同じである。アッラーは御心に適う者に,倍加してくださる。アッラーは厚施にして全知であられる。アッラーの道のために,自分の財産を施し,その後かれらの施した相手に負担侮辱の念を起こさせず,また損わない者,これらの者に対する報奨は,主の御許にある。かれらには,恐れもなく憂いもないであろう。[Surah Al-Baqarah 2:261-262]
喜捨に関するハディース:
・サヒーヒ・ムスリム ハディース2588より
「喜捨をする人は、自分の財産が減ることはない。アッラーのために謙虚な気持ちであれば、アッラーが彼らの名誉をあげてくれる。」 とアッラーの使徒(彼に平安あれ)は仰ったそうです。
・サヒーヒ アル・ブホーリ ハディース2590, 2591 と サヒーヒ ムスリム ハディース2244より
アスマア・ビンティ・アブ・バカル(彼女に平安あれ)によると、
「喜捨をしなさい。しかし、否々に喜捨をしてはいけない。否々に喜捨をするとなら、アッラーからの恵みも限られてくる。自分の富を差し控えるとなら、アッラーからくれている富も差し控えられる。」とアッラーの使徒(彼に平安あれ)は仰ったそうです。
喜捨をした報奨は来世と審判の日に助けてくれる。
サヒーヒ ブホーリとムスリムより
「アッラーの助け以外がないときには、隠しながら喜捨をする人々は必ずアッラーの助けが来る。」
お金がない場合は、どうすれば喜捨ができるでしょうか?
・アッサラームアライクムの挨拶と笑顔をする。
「全ての善良な行動は喜捨である」 サヒーヒ ムスリム ハディース496、2197より。
アブ・ダールによると、
「同胞をうれしくさせるのは喜捨である。悪いことから遠ざけて、良いことを行うのは喜捨である。道を迷っているを助けるのは喜捨である。盲目人を助けるのは喜捨である。道路にある石やトゲを取り除くのは喜捨である。自分が持っているものを同胞に分けるのも喜捨である。」アッラーの使徒(彼に平安あれ)は仰ったそうです。
結論
アッラーのために遣うものは、この世から去ってからでもすべて私たちの富になる。
「アッラーの道のために遣う者は、アッラーが必ず助けてあげる」 サヒーヒ・アル・ブホーリより